いせひかり伝説

イセヒカリについてのホントの話 その2

農業はカネの論理ではなく、命の糧を神の恵みとしていただく命の産業だ。
 その原点を見つめ直さなければならない。しかし口を酸っぱくして訴へても”カネの世の中”にどっぷり浸かった現代人には馬耳東風だ。そこへ誕生したのが。優秀な品種だがカネ儲けには最も不適切なイセヒカリ。農業の原点に帰らなければ、逆に収量も味も期待できない米の出現。これを天啓といはずしてなんだらう。−岩瀬氏はさういひたいらしい。斎庭稲穂の神勅さながらに、イセヒカリが神宮神田で生まれたことを「大神様の御神慮」といふ人もいる。しかしもし御神慮といふならば、今後は神の声を聞いた者の責任が生じてくる。御神慮を聞き流してはならないはずだから。佐伯氏は兼務社の神撰田で、今年はイセヒカリをつくらうと意気込む。お田植えには例年どほり多くの子ども達が参加する。「米は日本人の命そのもの。農地は削られ、農家は減っていく。危機的な日本の農業だが、イセヒカリから曙光が見えてくるかもしれない。神宮で生まれたのはまさに御神勅ですよ。伊勢で生まれた米だから神田で植えるのが最適。御田植祭復活の引き金にもなる。農家のためにも広めたい」。山口県では御田植えにイセヒカリを植える神社がかなり出てきさうだ。宮本氏のやうに「今年は一反歩作らうと思っています」と意欲的な篤農家もある。内田氏は「検討に値する稲だ」とあくまで慎重だが、県農試では本格研究が始まるらしい。種籾の奪ひ合ひもおきさうな気配だ。伊勢の神田で誕生した稲が「西のお伊勢様」の地で広がらうとしている。−ここにも目に見えない何者かの意志が働いていると見ることができないか。
 岩瀬氏のおっしゃる通り基本的に「農業は命を育てる産業」なのですが産業と言うよりは「文化」以外の何ものでもないと私は考えております。稲作は日本だけでなくアジア地域において何千年と続けられた文化でしょう。稲作を行っているアジア諸国のどこでも経済性原則や採算性より脈々とDNAに刻まれ受け継がれた「民族のアイデンティティー」だと考えるのは、ちと大げさでしょうか?
 公的機関で生まれた品種でもなく、なおかつ公的に品種登録が行われていませんので現行の法律では「品種」としての「イセヒカリ」は存在しないはずですし表示も出来ません。時の声にもありますが「自分で作った稲を一番良く知る生産者を差し置いて検査官しか品種を名乗らさないとは何事か」的に現行のばかげた検査表示の法律ではこうなっちゃう訳です。ですから表舞台に出ることは今のところないっ。いっそのこと山口県が県の奨励品種として登録でもして頂くと非常に有り難いんですがねぇ。 
 しかしこれが哀しいかな出来ないのが今の日本の法律、品種は、「A種」と「B種」を交配させた。という確固たる系譜がないと品種登録出来ませんし現実問題として育種的に安定して「どこで誰が栽培しても同じ結果(品種)が出来なければ品種としては、無意味でしょうし作る側もたまったモンじゃない。同じ種で東京と大阪で作ったら東京では早生(わせ)で大阪では晩稲(おくて)だったらたまったもんじゃないでしょうに。ましてや味も食感も違ったらどうするの?。こうなると作る人より買う人が一番困る。

 平成8年9月22日の中日新聞には、カラー写真入りでお伊勢さんの神饌田で「新品種イセヒカリ」の収穫が始まったという記事も掲載されました。
 生産量の少なさと誕生の神懸かり的なコトとが重なってメディアを通じてえらい騒ぎになっていますが何でそんなに騒ぐのかわからん。いつぞや(平成9年)の週刊プレイボーイにも「21世紀を食料危機から救うのは突然変異だ」っちゅう特集記事(目次の後の38ページからなのでかなり「リキ」入ってます)で大きく取り上げられその記事の中で埼玉県の生産者の方が埼玉県知事に届けると、県知事はあまりの旨さとありがたさに秋篠宮殿下に献上した。そうです。(おいおい!!あまりの有り難さのは充分わかるけどさぁ・・・・)
  時期を同じくして御本家では、大宮町がJA伊勢とタイアップして地元農家が「お宮のななひかり」と名付けて売り出しました。ってことが中日新聞の記事として取り上げられています。その後県の秋のイベントで2,3年は目にしましたが(県のイベントに最近行ってないので)今はどうなっているのかは私レベルでは知りません。(多分続けてらっしゃるとは思います。)しかし農協(JA)が手を貸してくれるとは有り難い限りだと思います。やるやんJA伊勢(当時)。
 神懸かり的に話題を呼んだイセヒカリ。研究が進むとその後、とんでもないことが明らかになっていくのでした。
つづく To Be Continue